「志津の涙水」伝承

院号「白雲院」の由来と「志津の涙水」伝説

写真: 志津の涙水犬鳴山 七宝滝寺は、院号を「白雲院」と呼ばれていますが、これには乙女の哀しい物語があります。その昔、淡路の小聖という修験者がいて、しばしば御所へ出入りしているうちに、官女の志津女という美人に想われる身となりました。小聖は修行の妨げになるからと志津女を振り切って、犬鳴山中に逃れてきました。志津女は小聖をあきらめきれず、あとを追って諸国を探し求め、遂に泉州犬鳴山に小聖が修行しているのを風のたよりに聞き、修行僧に一目会うべく犬鳴山まで来ました。しかし、険しい渓谷の山路と、飢えと寒さ、そして俄にたちこめてきた白雲によって道を見失い、ついに路傍に悶死しました。村人は志津女の死体をねんごろに葬りました。

こうした事があってから、犬鳴山に白雲が立ちこめる日は必ず雨が降るので、村人は「志津の涙雨」だと言い、また、倒れていた附近からこんこんと涌き出ている清水を「志津の涙水」と呼ぶようになりました。志津女の墓は、本堂下手100mの附近、参道の傍にあり、その下より今も涙水のように、清水がポトポトと涌き出ています。書院はこの時から、白雲院と呼ばれるようになったと伝えられています。また、一心を込めた願い事がある場合、この水を持ち帰り、毎日飲用すると必ずや願い事が成就するといわれています。

写真: お志津地蔵尊付近にはお志津地蔵尊の御堂が建立され、一願成就のお地蔵さまとして信仰を集めています。